私はプロスポーツの現場のほか、これまで学生スポーツのサポートを行ったり、ヤングアスリートの指導者・保護者の方々にむけたワークショップでお話しや実技をお伝えする活動をしてきました。プロのトレーナーがついている子どもや学生のスポーツチームはとても限られているため、怪我をしたときの判断や日々の身体づくりは、指導者や保護者の方々が行っていることがほとんどです。
ヤングアスリートには、若い頃からしっかりと自分の身体にむきあって、身体のつかいかたを覚えたり、日々のケアを行ったり、怪我についての向き合い方を知ってほしいと願っています。ヤングアスリートのサポートにライフワークとして取り組んでいきたいと考えており、ナラブロでも現場の指導者・保護者のみなさんの少しでも役に立てる情報をお届けできればと思います。
今回はスポーツを行うなかでも最も気をつけていただきたい脳しんとうなどを含む頭部外傷についてお伝えさせていただきます。
頭部外傷や脳しんとうとは何か、スポーツの現場で頭をうったときの対応とともに、スポーツにおける脳しんとうの対応などについてわかりやすく説明しているサイトなどもご紹介いたします。
頭部外傷とは
頭部外傷とは何でしょうか?
頭部外傷とは、頭のケガ全般の総称です。例えば、スポーツのほかにも、交通事故や転倒・転落で頭に怪我を負ったときも含まれます。
スポーツの現場では、人と人の接触が多いコンタクトスポーツはもちろん、ボールや器具が頭にぶつかったり、転倒や転落によって頭を打つなど、頭部外傷へとつながるシーンは少なくありません。その多くは軽症であったとしても、後遺症が残ったり、ときに命を失う事故へとつながることもあります。
怪我をしたばかりのときには軽傷と判断された場合でも、時間の経過によって重症に至るケースもあります。
脳しんとうとは
頭部外傷のなかで、スポーツ現場で多くみられるのが【脳しんとう】です。頭を打ったときに脳がゆさぶられることで、一時的に脳の機能や活動に障害がおこることです。ほとんどは脳出血や損傷がない一過性のもので、しばらくすると回復していきます。
脳しんとうを起こしたとき、自覚症状として次のようなものがあげられます。
『
- 意識消失
- 素早く動けない
- けいれん
- 霧の中にいる感じ
- 健忘
- 何かおかしい
- 頭痛
- 集中できない
- 頭部圧迫感
- 思い出せない
- 頚部痛
- 疲労・力が出ない
- 嘔気・嘔吐
- 混乱している
- めまい
- 眠い
- ぼやけてみえる
- 感情的
- ふらつき
- いらいらする
- 光に敏感
- 悲しい
- 音に敏感
- 不安・心配
』
(日本臨床スポーツ医学会公式HP【頭部外傷10か条の提言】より)
これらのうち、ひとつでも該当する場合には脳しんとうの可能性があります。
脳しんとうは頭を打ったときだけ起きるのか
以前、学生さんから腰痛の相談がありました。
その日体育の授業で走り高跳びを行ったとき、助走の勢いが余ってしまい、マットのないところに落下し、腰を強打したため腰痛があるとのことでした。
打撲による腰痛ということで施術をはじめようとしたところ、話を良く聞いてみると、その落下後に少し頭痛とめまいがしたため保健室でしばらく休んでいたそうです。
何!?
腰の打撲からくる痛みもありますが、心配なのは頭部外傷です。頭痛とめまいは脳しんとうがあったときにあらわれる症状です。直接頭をぶつけていなくても、落下や身体の衝撃を受けたとき脳が揺れると脳しんとうは起こりえます。
本人に確認すると学校から帰宅後、専門病院の受診はしていなかったため、同行されていたお母さんにお話をして、夜間救急扱いでも専門医の受診を強く勧めました。
その後専門医にて受診と検査をされ脳に異常はなく、経過観察でよいと伺い、安堵いたしました。
ではなぜ、私は専門医の受診と検査強く勧めたのでしょうか。
それは、脳しんとうと思われるケースでも軽い急性硬膜下血腫が起こっているケースがあるからです。
「意識はしっかりしてるし、一見大丈夫そう。」
このような時に病院を受診すべきか悩まれると思います。私の考えでは、何か一つでも症状があれば、脳しんとうを疑い専門病院で受診することをおすすめします。
脳しんとうの診断の中に、まれに軽い「急性硬膜下血腫」を引き起こしていることがあります。軽い「急性硬膜下血腫」の場合は、頭痛が唯一の症状ということもあります。頭痛が長引く場合にも、病院で診てもらってください。
急性硬膜下血腫は、CT検査やMRI検査でないと判断がつきません。典型的には数分~10分ほどで意識状態の悪化がみられるとされています。症状がでるまで長いものでは数時間~1日経過してから症状がはっきりでてきた例もあります。
頭をぶつけたあと、丸1日は本人を1人にしないことが望ましく、症状が軽度でも受傷から24~48時間の経過観察が必要の理由はここにあります。
もしも出血が見つかった場合は、必要に応じて手術になります。その場合、手術までの時間が短ければ短いほど救命の可能性が高いので、早期発見・早期治療が大切です。
脳しんとうの自覚症状でみられるものがあるなら、専門病院受診との判断が必要です。直後にこれらの症状がなくても、時間が経って出た場合にも受診しましょう。
スポーツ現場での脳しんとうの対応
ではスポーツの競技中に頭を打ったときには具体的にどのように対応すればよいのでしょうか。
日本サッカー協会では、メディカル関係者向けに「サッカーにおける脳振盪にたいする指針」で頭を打ったときの対応を、大きく3つの段階に分けて示しています。サッカー以外の競技でも参考になるので、ご紹介いたします。
また、これは医療従事者に向けた指針のため、指導者や保護者の方は対応の流れの参考にしていただければと思います。基本的には疑わしいときには自己判断せず、すぐに病院で受診してください。
脳しんとうの対応について、日本サッカー協会が示している3つの段階の流れをご説明します。
- 現場での対応
- 24時間以内の対応
- 競技復帰へのプログラム
現場での対応
サッカーのピッチ上で選手が頭部外傷を負った可能性がある場合、下記4つの順序で対応します。
- 呼吸をしているか。脈がうっているか
- 意識のレベルを確認した後、頭や首が動かないよう固定して担架などでピッチ外に移動させる
- チームドクター(いない場合はアスレティックトレーナー/AT)による脳振盪診断ツールを用いた判断を行う
- 脳しんとうが疑われれば、試合・練習から退く
※脳振盪診断ツースについては日本サッカー協会公式HPにてご覧ください!
学生スポーツやヤングアスリートの現場では、ドクターやATが現場にいない場合が多いと思います。その場合は必ず試合や練習に戻らず、様子を確認して、病院に行くようにしましょう。
24時間以内の対応
脳しんとうの可能性がある選手は、すぐに症状が回復したからといってそのままにするのではなく、様子を見る必要があります。頭を打ったとき、またはその後に、意識喪失、健忘、頭痛や吐き気、嘔吐が出た場合は、正常にもどったように見えていても、病院での受診が必要です。
そこで経過が良く帰宅した場合も、様子をみるため24時間以内は一人にしないようにしてください。頭痛や吐き気などが出た場合は、すぐに受診しましょう。
競技復帰へのプログラム
日本サッカー協会では、脳しんとうを起こした後、競技に復帰するための段階を定めたプログラムを提示しています。
病院から様子をみてよい、経過が良いといわれたからといって、すぐに翌日から練習参加するのではなく、休息をとって、段階を経て競技復帰をするようにしましょう。
頭部外傷・脳しんとうについて参考にしたいサイト
スポーツ現場や学校活動での脳しんとうについてまとめられた資料があります。日本サッカー協会公式HPとあわせて、ぜひスポーツ現場に関わる方に読んでいただきたい2つのサイトをご紹介します。
【頭部外傷10か条の提言】
日本臨床スポーツ医学会 学術委員会 脳神経外科部会が示す【頭部外傷10か条の提言】
日本臨床スポーツ医学会が示している頭部外傷についての提言がまとめられています。脳しんとうでご紹介した自覚症状もこの資料を参考にしています。
すぐにプレーに戻らない、どのようなときに病院を受診したらよいか、搬送のときの注意点などを含めた、10のポイントを詳しく説明しています。これを小冊子にして、メディカルバッグなどにいれておくことをおすすめします!
【体育活動における 頭頚部外傷事故防止の留意点】
平成25年3月に独立行政法人日本スポーツ振興センター 学校災害調査研究委員会が発表した学校災害事故防止に関する調査研究 体育活動における 頭頚部外傷事故防止の留意点
頭頸部の事故の現状やそれを防止するための取り組み、もし事故が発生してしまったときの対応、競技別の留意点などについてまとめられています。
まとめ
スポーツの競技中は、不測の事態が起きることが多々あります。そこでどのように対応するかが、その後を大きく左右します。メディカルスタッフが帯同することが限られる子どもや学生スポーツの現場では、指導者や保護者の方々が正しい知識や情報を知っていることが、とても大切です。
頭部外傷で気をつけたいことは4つです。
- 頭を打った場合は、練習や試合にすぐには戻らず様子をみる
- 脳しんとうが疑われる場合はすぐに病院で受診する
- 経過がよくても24時間様子をみる
- 脳しんとうがあった場合は、競技へ段階的に戻る
子どもは自分の状況をなかなかうまく伝えることができません。周りの大人がしっかり子どもたちに寄り添って、子どもの発するサインに気づけるよう目配り・気配りをしていきましょう!